山Pの歴代所属グループ&メンバー変遷|NEWS初期9人から現在まで
山下智久(山P)が歩んできたキャリアは、日本のエンターテインメント史におけるグループアイドルの変遷そのものを映し出しています。ジャニーズJr.黄金期を牽引した伝説的ユニット「Four Tops」から、2003年に9人で鮮烈なデビューを飾った「NEWS」、そして社会現象を巻き起こした亀梨和也との「修二と彰」に至るまで、彼が所属したグループやユニットは常に時代を象徴するムーブメントを生み出してきました。
2020年の独立以降、グローバルな俳優・アーティストとして確固たる地位を築いた2026年現在も、彼がかつて仲間たちと紡いだ軌跡や脱退の真相、そして元メンバーとの絆に対する関心は衰えることがありません。本稿では、山下智久が所属した歴代グループ・ユニットのメンバー構成、NEWS結成初期から脱退に至る背景、そして元メンバーたちの現在の活動と交流の実態を、当時の一次証言や記録をもとに徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 歴代グループの全貌:Jr.黄金期の「Four Tops」、結成時9人体制の「NEWS」、ミリオンセラーを記録した「修二と彰」「GYM」など多岐にわたるユニットで中心を担った。
- NEWS脱退とソロ転向の背景:グループ活動と個人の表現・海外志向のギャップ、錦戸亮との兼任問題など、複合的なキャリアの模索が同時脱退の決定打となった。
- 元メンバーとの現在の関係:独立後はお互いのSNSやメディアでの言及、プライベートでの再会など、過去の確執説を払拭する成熟したリスペクト関係が築かれている。
【一覧表で総点検】山下智久が歩んだ歴代所属グループ&特別ユニット全貌
山下智久のアイドル・アーティスト人生は、数々のユニット結成とともに進化を遂げてきました。単なる固定グループの枠に留まらず、期間限定ユニットや国際的コラボレーションまで、多彩なフォーメーションを経験しています。
| ユニット・グループ名 | 主なメンバー構成 | 活動期間・結成年 | 歴史的位置づけ・主な実績 |
|---|---|---|---|
| B.I.G. / B.A.D.等 | 山下智久、生田斗真 ほかJr.選抜 | 1998年〜2001年頃 | ジャニーズJr.黄金期初期の育成ユニット。滝沢秀明らのバックで頭角を現す。 |
| Four Tops | 山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純 | 2002年〜2003年 | Jr.のリーダー格4人による伝説的カルテット。『8時だJ』後継番組などで司会を担当。 |
| NEWS(初期) | 山下智久、小山慶一郎、加藤成亮、増田貴久、手越祐也、草野博紀、森内貴寛、錦戸亮、内博貴(結成時9人) | 2003年〜2011年 (山下脱退まで) | バレーボールW杯のイメージキャラクターとして結成。CDデビューを果たしたメイングループ。 |
| 修二と彰 | 亀梨和也(KAT-TUN)、山下智久 | 2005年 (2020年「亀と山P」) | ドラマ『野ブタ。をプロデュース』発のユニット。『青春アミーゴ』が累計160万枚超のミリオンセラー。 |
| GYM | 山下智久、GOLF、MIKE | 2006年 | タイの人気兄弟デュオと組んだ女子バレー国際大会応援の期間限定国際ユニット。 |
| The MONSTERS | 香取慎吾(SMAP)、山下智久 | 2012年 | ドラマ『MONSTERS』の共演を機に結成。先輩・香取慎吾との異色コラボレーション。 |

【Jr.黄金期の伝説】生田斗真らと結成した「Four Tops」の軌跡
山下智久を語るうえで外せないのが、2002年から2003年にかけて活動した「Four Tops」です。メンバーは山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純の4名。滝沢秀明や今井翼がCDデビューした後のジャニーズJr.を牽引するリーダー陣として抜擢されました。
当時、ファンの間では「この4人でCDデビューする」という見方が圧倒的でした。冠番組『少年倶楽部』の司会を務め、舞台やコンサートでも中心を担っていた彼らは、単なる寄せ集めではなく強い絆で結ばれた強固なカルテットでした。
しかし、2003年秋、突如としてNEWSの結成が発表され、山下だけが新グループに引き抜かれる形でFour Topsは事実上の解散を迎えます。当時の特番インタビューや生田斗真の回顧録でも語られている通り、生田は「あいつ(山下)が悪いわけじゃないのに、悔しくて山下の顔が見られなかった時期があった」と率直に告白しています。山下自身も、仲間を残して一人だけ別グループへ移籍することに対する激しい葛藤を抱えていました。
この別れを経験したからこそ、生田斗真と風間俊介は「CDデビューを経ずに俳優として一本立ちする」という前例のない道を切り拓き、山下もまた背負った重責を力に変えてトップアイドルへと駆け上がることになりました。
【結成当時は9人】NEWS初期メンバーの変遷と脱退の経緯
2003年11月7日にシングル『NEWSニッポン』でデビューしたNEWSは、もともと9人体制という大所帯グループでした。
当時のメンバー構成は以下の通りです。
- 山下智久(中心人物・エース)
- 小山慶一郎(まとめ役・現メンバー)
- 加藤成亮(現:加藤シゲアキ・現メンバー)
- 増田貴久(歌唱力の要・現メンバー)
- 手越祐也(メインボーカル・2020年退所)
- 錦戸亮(関ジャニ∞と兼任・2011年脱退)
- 内博貴(関ジャニ∞と兼任・2006年離脱)
- 草野博紀(2006年離脱)
- 森内貴寛(現:ONE OK ROCKのTaka・2003年末に脱退)
初期のNEWSは、相次ぐメンバーの離脱という試練の連続でした。結成からわずか1ヶ月余りで森内貴寛が学業専念を理由に脱退。その後、未成年飲酒騒動などを経て内博貴と草野博紀が活動を休止し、グループは6人体制へと移行しました。
そして2011年10月7日、グループの顔であった山下智久と錦戸亮が同時に脱退するという激震が走ります。
公式発表資料および関係者の証言によると、脱退の経緯には明確な理由がありました。錦戸亮は関ジャニ∞との掛け持ちによるスケジュール過密と肉体的・精神的限界が主な理由でした。一方、山下智久は2011年初頭に行った初のアジア単独ツアー(ソロコンサート)を通じて、「自分の力でどこまで世界に通用するか試したい」「グループに頼らず、ソロアーティストとして全責任を背負いたい」という表現者としての強い渇望を抱くようになっていたのです。

【ミリオン連発の衝撃】修二と彰・GYMなど期間限定ユニットの威力
グループ活動と並行して、山下智久のスター性を世に知らしめたのが数々の派生ユニットです。特に2005年にKAT-TUNの亀梨和也と結成した「修二と彰」は、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』の役名そのままにリリースしたシングル『青春アミーゴ』が発売初週で50万枚を突破、累計売上は160万枚を超える社会現象となりました。
当時、異なるグループのツートップがタッグを組む試みは極めて斬新であり、平成のエンタメシーンに金字塔を打ち立てました。2020年には結成15周年を記念して「亀と山P」名義でアルバム『SI』のリリースおよびドームツアーが発表されましたが、コロナ禍および山下の事務所退所が重なり、CD発売中止という苦渋の結末を迎えたことは多くのファンの記憶に残っています。
また、2006年にはタイの人気兄弟アイドルデュオ「GOLF&MIKE」と組み、「GYM」としてシングル『フィーバーとフューチャー』をリリース。アジア圏のタレントとのコラボレーションは、後の山下がハリウッド映画や海外ドラマ(『THE HEAD』『神の雫/Drops of God』など)へ進出するグローバル志向の原体験となりました。
【誤解と真実】不仲説の検証と元メンバーたちの現在・交友関係
山下のNEWS脱退や事務所退所を巡っては、インターネット上で「メンバー同士の不仲」「確執による空中分解」といった噂が度々囁かれてきました。しかし、2026年現在の客観的な事実関係を照らし合わせると、その多くは憶測に過ぎなかったことが実証されています。
山下がソロ転向を決意した当時、残されたメンバー(小山、加藤、増田、手越)との間に一時的な温度差や悔しさが生じたことは事実です。加藤シゲアキは後に自著や対談で「当時は悔しさでいっぱいだった」と率直に語っていますが、同時にそれが自立して小説家としての道を切り拓く起爆剤になったとも述べています。
時を経て成熟した現在、元メンバー同士の交友関係は極めて健全な形で続いています。 山下の公式SNSや生配信では、亀梨和也や錦戸亮とのプライベートでの親交が明かされたり、生田斗真の投稿に山下が反応するなど、オープンなリスペクトが交わされています。また、ONE OK ROCKのTakaとも音楽フェスやプライベートを通じて旧友としての絆が再確認されており、ネット上の「確執説」は完全に過去のものとなっています。
【2026年最新】元NEWSメンバーの現在と多角的な活躍
- 山下智久:日米欧を股にかける国際派俳優・ソロアーティストとして世界的大作に主演。
- 錦戸亮:独立後、自主レーベルで精力的なライブ活動を展開しつつ、地上波・配信ドラマで実力派俳優として存在感を発揮。
- Taka(森内貴寛):ONE OK ROCKのボーカルとして世界規模のスタジアムツアーを成功させるロックアイコン。
- 手越祐也:ソロシンガーとして全国ツアーを展開し、バラエティ番組や配信プラットフォームでも独自路線を確立。
- 小山慶一郎・加藤シゲアキ・増田貴久:3人体制のNEWSとしてグループを堅守し、文学(直木賞候補)、情報番組MC、舞台など各分野で円熟味を増した活動を継続。
【プロの分析】グループ構造論から見る山下智久のキャリア転換点
家族社会学や組織心理学の視点から日本の男性アイドルカルチャーを分析すると、山下智久のグループ遍歴とソロ転向は、「集団同調型組織からのアイデンティティ確立(分化)」の典型的な成功事例として捉えることができます。
昭和から平成にかけての芸能界は、所属組織や固定グループに自己を同一化させ、メンバー内の役割分担(リーダー、三枚目、ビジュアル担当など)に過剰適応することが美徳とされてきました。しかし、この構造は個人の芸術的探求や国際展開といった「突出した個の成長」と衝突する宿命を孕んでいます。
山下智久は、Four Topsの解体やNEWSでのセンター経験を通じ、「集団における自己の役割」を完璧に全うしながらも、早期から海外言語の習得や個人の作家性追求を怠りませんでした。組織依存から健全な心理的境界線(バウンダリー)を引き、自らのリスクでグローバル市場に飛び出した決断は、終身雇用型カルチャーが崩壊し個の専門性が問われる現代社会において、キャリア自律の先駆的なモデルケースと言えます。
【やま ぴー グループ メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山下智久がNEWSを結成した当時の初期メンバー9人は誰ですか?
A1:山下智久、小山慶一郎、加藤成亮(現・加藤シゲアキ)、増田貴久、手越祐也、草野博紀、森内貴寛(現・ONE OK ROCKのTaka)、錦戸亮、内博貴の9人です。2003年11月にシングル『NEWSニッポン』でCDデビューしました。
Q2:山下智久がNEWSを脱退した本当の理由は何ですか?
A2:公式発表および本人の手記によると、2011年の初アジア単独ツアーを契機に「ソロアーティストとして世界に挑戦したい」「全責任を自分で背負って表現を突き詰めたい」という志向が強まったためです。グループのスケジュールや方向性と自身の表現欲求を両立させることが難しくなった結果の前向きな決断でした。
Q3:伝説のユニット「Four Tops」はなぜCDデビューしなかったのですか?
A3:生田斗真、風間俊介、長谷川純、山下智久の4人でJr.の頂点として活動していましたが、事務所の「バレーボールワールドカップに向けた新グループ結成」という戦略により、山下だけがNEWSに抜擢されたため自然消滅する形となりました。しかし、この出来事が生田や風間が俳優として独立する契機となりました。
Q4:亀梨和也との「亀と山P」アルバムはなぜ発売中止になったのですか?
A4:2020年にリリース予定だったアルバム『SI』は、新型コロナウイルス感染拡大による発売延期が続いた後、同年秋に山下智久が事務所を退所したことに伴い、制作・発売中止となりました。ただし二人の個人的な親交は現在も続いています。
Q5:山下智久と元メンバーたち(NEWSや錦戸亮)の現在の関係はどうなっていますか?
A5:不仲説などは否定されており、お互いのSNSでの交流やメディアでの言及など、良好なリスペクト関係が保たれています。2020年の山下の独立以降は、錦戸亮やTaka、亀梨和也らとの親交も公に語られる機会が増えています。
まとめ:枠組みを超えて進化し続ける表現者・山下智久の未来
山下智久が歩んできた歴代グループやユニットの変遷を辿ると、彼がいかに多様な才能と交わり、それぞれのステージで決定的な足跡を残してきたかが分かります。Four Topsでの切磋琢磨、NEWSでの葛藤と成長、修二と彰やGYMでの爆発的なブレイク——そのすべてが現在の「国際派アーティスト・山下智久」を形作る血肉となっています。
グループという枠組みを飛び出し、自らの力で道を切り拓いてきた山下智久と、それぞれの場所で第一線を走り続けるかつての仲間たち。彼らが紡いできた歴史と現在進行形の挑戦は、日本のエンターテインメント界におけるかけがえのない財産であり、今後も多くのファンに勇気を与え続けるはずです。 (出典: やま ぴー グループ メンバー(Yahoo!ニュース))